ラフーリ(LA FOULY)108キロ地点はスイスのエイド。
もう走れなくって本当にヨレヨレで到着。
荷物を置いてから、あまりの胃腸の気持ち悪さにエイド脇の芝生にゴロンと寝転がっていたら…
ふと目を開けると真上に人々が覗き込む顔。
身体にはエマージェンシーシートがかぶせられてて…
なんと、そのまま救護室に運ばれてしまいました〜(汗)
救護室に運ばれたと同時に、有無をいわさず、上着を脱がされ、血液検査、脈、血圧などが測られて行き…。寝かされたクッションの温かさがあまりに気持ちよく、カラダをそのまま任せてしばらく横たわることに。
少ししてから起き上がると厳しい口調の女医の方に言われたのが、
「STOP!」でした。
UTMBのスタッフも来て、何やら話し合い。意味わかんない…と驚いて様子をみていたら、どうやら海外でのドクターは権威が高く、医者の下した判断は絶対のようで、医者が「STOP」と言ったらそこからレースは進めない様子。
一瞬「ドクターストップでリタイアしました…」だったら、格好がつくかな?
もうしんどすぎるし、ここでUTMB止めようかな…?このまま眠ると気持ちいいなぁ…
という気持ちが湧き上がりましたが…
リタイアした自分を想像した瞬間、弱り切った気持ちに「ダメ、ダメ!」と強く反発する自分がいて。
ふと浮かんだ言葉が「自分のプライド」「誇り」という言葉。
ここでリタイアするのは「ワタシ」じゃない。
自分が自分であるためには、絶対にここで止めちゃダメ…
と。
極限の状態で自分を動かす原動力がまさかの「プライド」「誇り」だったとは。
人間っておもしろいですね。。
「絶対に止めない」
気持ちをはっきりと決めたら、そこからワタシ、強かったー。
「身体は大丈夫です。ゴールを目指したいです…」
「こんな夜中に、しかも貧血のあなたをここから出すのはクレイジーだ。次のエイドまでの距離と標高差を知ってるの?」
(そんな全うなこと言われても、UTMB自体がクレイジーなんだけど…笑)
「大丈夫」に説得力が無いのがわかったので、「次のエイドは大きなエイドで、仮眠室があるのでそこで休息します」「ここで止めても結局次のエイドまで行かなければならないので」等々…とにかくあらゆる理屈を拙い英語で並べて気迫の主張、そしてドクターとの押し問答。
急に精気を取り戻してまくしたてる私を見て大丈夫だと思ったのか、ドクターが下した診断は、関門時間まで寝ていなさい、それからスタートしなさい、
でした。
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救護室はエイドを出た関門の外にあったため、関門時間を過ぎてからのスタート。
このエイドでの実質のラストランナーでした。
少し進むと、何故か日本人ばかり。
日本語をしゃべれる気安さに気を許してしばらく一緒に歩いていたのですが、はっと気付いたのが「この人達はゴール出来ない人達なんじゃないか…」ということ。このままだと次の関門に間にあわない…と。
なれ合い?気安さを吹っ切って、自分を引き締めて、暗闇の中を一人先に急ぎました。
最終組だったせいか、前後人のいない漆黒の闇。しかも、ここは遠い異国のスイスの山の中。こんなに頑張ってももしかしたら間にあわないかもしれない…という焦る気持ち、独り真っ暗闇を走る不安、異国のドクターとの押し問答で昂った気持ち、ぎりぎりの自分に負けなかったこと、いろんな気持ちが混ざり、涙がポロポロ出てくるも、泣いてもしょうがないよ私、と何度も言い聞かせ、とにかく前へ前へ。幸いにも一時間近く救護室で寝ていたため調子が復活しており、ペースをあげることができました。
次のエイドはまだ??
とガシガシ登りを歩いている時、ライトを顔に当てられ驚いていると、「あっ、ハナさーん」と同宿でサポートのKさんの笑顔が前に!
この時の嬉しかったことといったら!張りつめていた気持ちが緩み、涙目でKさんに前のエイドでの顛末を話しながらシャンペ湖エイドまで。
後で、Kさんにもの凄い勢いで話し出すからびっくりした…と言われました。
123キロ地点のシャンペ湖(CHAMPEX-LAC)〜ボヴィーノ(BOVINE)〜トリエン(TORIEN)まで、あまりにしんどかったのでほとんど記憶無し。とにかく「辛かった」とだけの記憶。
見上げると永遠と前に続くヘッドランプの明かりに気落ちしたこと
終わりが無いのじゃないかと本気で思えた長い長い登りのトレイル
ぬかるんでドロドロの道。
何の気なしにした外国人との会話。
足首が痛くてテーピングを巻いたこと。
これらが、いったいどこでのことだったのか、もう全く覚えておらず。
記憶にのこるは「ただただ辛かった」ということだけ。
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最後の大きなエイド、ヴァローシン(VALLORCINE)で夜明け。
パスタを一口くらい食べたけど、あとは何もカラダに入らず。
制限まで1時間くらいでスタート。
この最後の山が高くて高くて遠くて遠くて。
ほとんど食べていなかったので、登りを登る力が無く、数歩登っては休むの繰り返し。
もう空っぽのカラダから絞り出すエネルギーの源は「絶対に止めない」という気持ちだけ。
自分の我の強さだけを頼りに一歩ずつ前へ。
稜線が見えてきた時は嬉しかったー
が、ここからが…
関門まであと一時間。
たぶん次のエイドはあそこ!!??と思えるところが前方に見えて。それがもの凄く遠い!前後にいた日本人もさすがにみんな走り出し、ワタシもそれに着いていくことに。
そのダッシュのおかげで、最後のエイドには30分前に到着。でも、そこで力を使い果たしたのか、最後の7キロの下りが全く走れないワタシ。
足首はどうやらアキレス腱を痛めているみたいで、一歩一歩の痛いことといったら。
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シャモニの街が見えて来たー!
ただいま〜。
でも、まだまだ遠いー(涙)
レースの終わる寂しさと嬉しさ…
なんてモノはなくって、とにかく早く終わりたいーーーという気持ち満載で最後の長い長い長い長い下りを足をひきずりながらシャモニの街へ。
トレイル抜けたけど、ゴールまでまだある…(涙)
あ、花道のゲートだわ〜
ここで、サポートのKさんのお出迎え。
「おめでとう〜!」と言われ
始めて「あ、完走できるんだ。嬉しい!」という気持ちに。
帰ってきたんだなー。
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長い長い長い旅。
45時間17分でした!
転勤や引越しでの準備不足の感はあったものの、まさかの45時間台ー。
やっぱりUTMBは凄かった。
そして、本当に長かったー。
「戦った」と感じた45時間の旅。
UTMB前の怒涛の二カ月も含め、自分との戦いだったUTMBの旅。自分を深くみつめ、そして自分の強さを信じることのできる旅でした。
UTMBのコースは一つ一つの山が想像以上に大きく、全く最後まで気が抜けないというコースでした。そして、やっぱり名実ともに、世界一のレースだなと感じました。レースの規模、コースの厳しさ、エイド、応援、そして参加選手達。こんなレースに参加でき、完走できたことは幸せだと思うと同時に、こういうレースに「参加しよう」と思えたこと自体を誇りに思います。